ベヒシュタイン

ベヒシュタインに初めて触れたのは小出郷文化会館、1999年のことでした。それまで、私はベヒシュタインという楽器を知りませんでした。スタインウエイやベーゼンドルファ、ヤマハ、カワイのフルコンしか触れたことがない自分には「違和感」のようなものを感じました。しかも、この機種ENのフルコンはベーゼンドルファにもよくありますが、アグラフがあり、音の創り方がまるで違います。しかし残念ながら、当時学生だった私には、そんな知識も意識もなく、ただただ「難しい・・・」と戸惑うばかりでした。

 この出来事をきっかけに、ドイツ・マンハイムで恩師ルドルフ・マイスター教授の下で学ぶことになりました。彼の学内と自宅のレッスン室は共に、ベヒシュタインとスタインウエイの2台で行われています。その環境でのレッスンでは、ピアノのメーカー、構造の違い、それらによる効果、音楽の作り方を多く学ぶ機会になりました。

 楽器の特性によって、表現がこんなにも変わるものかと実感し始めたのが、留学時代でした。そして、それはモダン楽器だけの話ではなく、フォルテピアノやチェンバロ、オルガン、クラヴィコードなどの鍵盤楽器全般、ピリオド楽器の話は彼のレッスンでは欠かせないものでした。突然変異で現代のモダン・ピアノが生まれたわけではなく、時間経過の中で、劇的に変化していく18世紀・19世紀の流れがあり、今日のモダン楽器へと繋がっています。

 ここ5年ほど特に実感していますが、ベヒシュタインと密に対話する中で、私のアプローチとして深く結びついてきたのは、フォルテピアノの要素を物凄く濃く感じることができることです。音の発音、解放の奥行。子音と母音。これらは絶妙の響きのバランスのホールで解放されることによって、更にパワーが増すことを知りました。そして、レジスターといって、音域の特性が目に見えるように、低音域・中音域・高音域と解かれていきます。その特性の出し方を変えることによって、音楽の立体感がいかようにもできる面白さがあります。それは、作品によって、また演奏する会場によって。音のコントラストがあることによって、面白みが増すということです。一台の楽器から、様々な音が聴こえてくるというのはピアニストにとって音色の宝庫です。

 ベヒシュタイン・ベルリン本社で4台調整されているフルコンを弾き比べることをしたときに、4台の楽器が明確に異なる性格を持っていました。私の中で1台物凄く気に入った、「多彩」なアイディアが沸き起こる楽器に出会えました。とても喜びに満ち溢れ、すっかり時間を忘れてしまいました。ベヒシュタインは引き継がれていくDNA同じでも、個々の性格の違いが明確な楽器だと思います。

 そして、ベヒシュタイン達に触れることによって、他の楽器の特性も見えるようになってきました。楽器と対話することで、音楽の見え方がこんなに面白いと感じる。それは私にとってのいいピアノの条件です。

 個性を殺すのではなく、生かすピアノにどんどん出会っていきたい。自分の世界を広げられたらといつも楽しみにして楽器に触れています。

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